ある主従の話2

(1)

宣城は、賊の襲撃後の殺伐とした空気が色濃く残っている。

   
けが人の手当や瓦礫の撤去で兵達が慌ただしく行き交う中、孫権はある幕舎の前につくねんと立っていた。やがて中から孫策が一人の男と共に姿を現す。孫権に気づいた孫策は、厳しい表情で大股に歩み寄った。

  

「兄上、周泰の様子は……」
「なんとか助かりそうだ。なあ、華佗」
孫策の言葉に、華佗と呼ばれた男がこくりとうなずく。
「ああ、ありがとう、華佗」
安堵の表情を浮かべる孫権に、しかし孫策は険しい表情で、
「けど、実際ひどい状態だぜ」と続けた。
「全身傷だらけで、刺し傷も切り傷もとんでもなく深え。鎧なんかまるで役に立ってねえとこ見ると、 よっぽど近くでやられたんだろうな」
「はい。周泰は、押し寄せる敵から私を護り、身を挺して戦ってくれたのです」
「やっぱりな」
孫権の言葉に、眉を寄せて孫策はうなずいた。

    

「あの、周泰に会ってもよろしいでしょうか」
「そいつはだめだ。やっと眠ったばかりだし、お前の顔を見ると周泰は無理をするだろ。俺がいいって言うまで会うのは禁止だ」
ぴしゃりと言われ、「わかりました」と孫権はうなだれる。
「華佗、悪ぃがしばらく周泰を診てやってくれ。俺も時々は顔を出す。頼んだぜ」
孫策の言葉に、華佗は無言で頭を下げる。
「権、こっちに来い。お前には話がある」
そう言うと、孫策は孫権を連れ、その場を離れた。

    

「こうなった原因はわかってるな、権」
「防護柵の備えを怠りました。 すべて私の不注意です」
「わかってんならいい。とにかく、お前が無事で良かったぜ。周泰はあんまり無事じゃねえけど、華佗が治るって言ったから大丈夫だろ」
「はい」
孫策の言葉にうなずいた後、
「あの、兄上。周泰の今後ですが……」
おずおずと孫権は尋ねる。
「それは周泰が治ってからだ。あいつの意見も聞きたいしな」
孫策は言った。「お前はひとまず宣城の備えを万全にしろ。それと、お前のために頑張ってくれた兵達にもちゃんと礼を言うんだ」
「はい」
「じゃ、俺は行くぜ。頑張れよ、権」
孫権の肩をぽんと叩き、 孫策は歩き去った。

    

(2)

数日が経った。
孫権は宣城の修復に努めていた。壊れた部分を修理し、防護柵も忘れずに設置する。建物だけでは無い。城内をくまなく見回り、けが人に治療を受けさせ、兵や被害に遭った民達に物資や薬の調達を手厚く行った。
兄の言いつけを守って周泰の見舞いは控えていたが、華佗が往診に訪れた際は必ず会って周泰の回復具合を確認した。
「順調です」
華佗の答えは常に短い。無口というより、必要以上に話したくないという気振りが見て取れる。それでも帰りがけに民の治療をしていくあたり、華佗は好きこのんで戦をしては負傷する武人が嫌いなだけかもしれないと孫権は思った。
「その、周泰は何か言ってなかったか」
「いえ、別に」
「そうか。引き続きよろしく頼む、華佗」
頭を下げる孫権に、華佗は無言でうなずき、足早にその場を去った。

   

ある日、朱然が孫権を訪ねて宣城へやって来た。
「義父上に用事を言いつかってきました。というのは建前で、俺に孫権殿の様子を見て来いということです」
「そうか。朱治にも心配かけたな。よろしく言っておいてくれ。朱然もありがとう」
普段と変わらぬ学友の様子に心安まるものを覚えつつ、孫権の顔に笑みは無い。
「大変でしたね、孫権殿 」
「いや、私のせいだからな」
「あんまり自分を責めない方がいいですよ。義父上も、宣城に賊が襲ってくるなんて誰も考えてなかったって言ってましたし」
「そうだな。私もそうだった。その油断が、こんな結果を招いてしまった」
肩を落とす孫権に、朱然はあえて朗らかな表情をつくり、
「けど、城もすっかりきれいになって、そんな襲撃があったようには見えないな。頑張ったんですね、孫権殿」
と言った。
「私は何も……あ、ちょっと待っててくれ」
幕舎から出てきた華佗を見て、孫権は駆けだして行く。朱然はその場で待った。短いやりとりを交わした後、華佗はさっさと帰り、孫権が戻って来る。

   

「すまない、周泰の容態を確認してきた」
「周泰? ああ、孫権殿の護衛で、大けがをしたっていう……」
「……そうだ」
「もしかして見舞いに来たんですか? だったら俺、ここで待ってますから、行ってきてください」
「いや、そうではない。兄上から、周泰の傷が治るまで会うなと言われている。今日は華佗が周泰の診察に来る日だったので、様子を聞こうとここで待っていたのだ」
「そうなんですか」
「ああ」

   

そこで会話は途切れた。孫権は口をつぐんだまま、沈鬱な表情で幕舎を見つめている。その様子に、
「(孫権殿は責任感が強いから、配下の負傷をことのほか気に病んでいるんだな)」と朱然は考えた。
励ましに来たが、かえって孫権に気を遣わせそうである。朱然はひとまず引き上げることにした。
「元気出してくださいよ、孫権殿。俺、また来ますから」
「ああ。すまない、朱然」
しおれている孫権を気の毒そうに見た後、朱然はその場を去った。

   

(3)

孫権が気になる朱然は、義父の朱治に用事をつくってもらい、再び宣城を訪れた。
宣城は敵が容易に侵入できないよう堅牢に作り替えられ、町も元通りになっている。孫権は市場の前にいた。民に囲まれ何やら話しかけられている。
「はい、差し入れ。今朝方仕入れた桃ですよ。甘くておいしいよ、さあどうぞ」
「いや、私は……」
「遠慮しないの。確かに賊が押しかけてきたときは肝を潰したけど、あんた方が頑張って賊をやっつけてくれたし、城も町も前よりきれいで頑丈になって、ありがたいと思ってるんですよ」
「そうそう、私たちにもいち早く薬や食べ物を手配してくれて、本当に助かりました」
「俺たちは孫家の皆さんに期待してるんだ。俺たちが安心して暮らせる世の中になるよう、これからも頑張ってくださいよ」
口々に言われ、孫権は「ありがとう」と笑顔を見せた。

   

両手で桃を抱えて歩く孫権に、朱然は近づいた。
「孫権殿」と声をかけると、振り向いた孫権が、
「朱然、また来てくれたのか」と笑みを浮かべる。
前に会ったときより元気そうだと安心しながら、
「さすがに人気者ですね、孫権殿」と朱然は言った。
「皆、親切でな。ありがたい限りだ」
「孫権殿が皆によくしているからでしょう。ところでどこに行くんですか?」
「周泰の幕舎だ。華佗が来る日だからな」
「周泰殿、まだ治ってなかったんですか」
「ああ。華佗の話だとだいぶ回復しているらしいが、傷が多すぎて、全快にはもう少しかかるようだ」
「周泰殿の傷、十二もあったそうですね」
「ああ」
たちまち孫権の顔が曇る。

   

「孫権殿、俺はそんなに気にしなくてもいいと思いますよ」
朱然は言った。「配下は主を護るのが務めだし、俺だっていずれ軍に入ったら、孫策殿や孫権殿のために命がけで働きます。義父上だってそうですし、配下ってみんなそうですよ。だから、主君は俺たち配下のことを、あまり気に病む必要は無いと思うんです」
それは本心からの言葉だった。義父の許しが出ないため、まだ軍には加われないが、その義父の教えにより、武人としての矜持はすでに朱然の中にしっかりと根付いていた。

      

「朱然の気持ちは本当にありがたいと思っている」
孫権は静かに言った。「だが、周泰は私が兄上に頼んで配下につけてもらったのだ。私が頼まなければ、周泰はこんな目に遭わなかった。そう思うと、周泰に申し訳なくてしかたがない」
「でも、周泰殿は孫権殿の護衛を嫌がってたわけじゃ無いんでしょ?」
「それは……わからん」
「わからん?」
「周泰は自分の意見を言わぬ。だから内心どう思っていたかわからんのだ」
そう言うと、孫権は目を伏せた。

   

「うーん……」
朱然はうなった。共に机を並べて学び、親しく語り合い、学友の心情はある程度理解しているつもりだった。だが孫権が、一配下に過ぎない周泰をそこまで気にかける理由が、いくら考えてもわからない。
「(俺が、戦場に出たことがないから……?)」
戦の経験が無い自分には、戦を経た孫権の心境を推し量ることができないのか。そう思うと、ふつふつと悔しさが湧き上がった。
「どうした? 朱然」
黙りこくった朱然に、孫権が怪訝そうな顔で問いかける。
「何か、悔しいなって思って」
「悔しい?」
「俺は孫権殿の学友として、誰よりも孫権殿のことをわかっているつもりでいました。だけど、今、孫権殿の気持ちが全然わからないんです。ああ、悔しいな。俺も戦場に出ていれば、孫権殿の気持ちや、こんなとき俺がどうすればいいかわかったかもしれないのに」

   

朱然の言葉に、孫権は心打たれたようだった。
「朱然、そこまで私のことを思ってくれるのか 」
「当たり前でしょ。俺は孫権殿の学友なんだから」
「そうか……ありがとう、朱然」
孫権はしみじみと言った。そして朱然の目をまっすぐに見て、
「では、話そう。あの日、宣城で何があったかを」と続けた。
「えっ……でも、いいんですか? つらくないですか?」
「いや、お前に聞いてもらいたいのだ。私の過ちがどういう結果をもたらしたか、そしてそんな私に、周泰がどれほど尽くしてくれたかを」
そう言うと、孫権は語り始めた。

      

(4)

「宣城には、後詰めとして向かった。先行した兄上の討伐隊がほとんど賊を掃討していたため、形ばかりの支援部隊ということで、兵数も千足らずだった」


宣城に到着した孫権は、兵達に守備を命じたが、防護柵の設置までは行わなかった。既に孫策によって多くの賊が掃討されており、また主戦場とは距離もあったため、襲撃の危険は無いと考えていたのである。
だが、そんな孫権の楽観は、その夜、大きく覆されることとなった。

   

夜半過ぎ、眠っていた孫権は異様な物音で目が覚めた。
「(何だ……?)」
いぶかしく思っていると、一人の兵が駆け込んで来る。
「敵襲です! 賊が、すさまじい数の賊が!」
「何っ」
孫権は飛び起きた。急いで着替え、剣を手に飛び出す。途端に割れるような喚声と破壊音、そして焦げ臭い匂いが鼻を突いた。
「こ……これは」
おびただしい数の賊であった。兵達はほとんどが慌てふためき、応戦する者はごくわずかで、それも敵の数に押され、防戦一方となっていた。

   

「いたぞ、あれが大将首だ」
孫権に気づいた賊がたちまち殺到する。孫権は一人、二人と倒したが、圧倒的な数には勝てず、じりじりと追い詰められた。助けに来る者はいなかった。誰もが己の身を守るのに精一杯の状態だった。
一人の剣をはじいたところで、間髪入れず別の剣が襲いかかる。
「(やられる)」
歯を食いしばったその時、飛び込んできた者が孫権を庇うように立ち塞がった。同時に敵の剣が腕ごと跳ね飛ばされる。
「周泰!」
「……孫権様……ご無事で……」
「ああ、なんとかな。助かった、周泰。ここから巻き返すぞ」
「……はい……」
周泰はうなずき、二人は向かってくる敵に剣を構えた。

   

「だが、すぐに私の考えは甘かったことを思い知らされた。巻き返すどころか、自分の身を守ることすらぎりぎりの状態だったのだ」
「味方は周泰殿だけか……敵兵はどのくらいいたんです?」
「そうだな。数千は確実にいた」
「えっ、数千……」
「斬っても斬っても、敵は一向に減らない。それどころか私めがけて集まって来る。何度ももうだめだと思った、だが周泰は違った。私を護って奮迅の働きをしてくれたのだ」

     

孫権に届く刃はすべて退け、同時に道を切り開く。周泰は敵の動きなどほとんど見ていなかった。獣のような俊敏さで、孫権と己に向かってくる刃をひたすらにはじき、切り裂き、じりじりと進んでいった。

   

やがて周泰のすさまじい働きに気づいた兵達が、少しずつ孫権のもとへ集まって来た。わずかな手勢がまとまりになり、兵達は主を護らんと一団となって敵に向かった。数が集まれば、烏合の衆の賊よりも、訓練を受けている孫権の兵達の方が圧倒的に強い。いつしか形勢は劣勢から拮抗に変わり、やがて優勢へと転じた。

   

いつしか空は白んでいた。気づけば火の手は消し止められ、破壊音も喚声も止んでいる。
「……賊は」
「城内の敵は一掃されました。残りの賊は、ちりぢりに逃げていきました」
兵の報告に、周囲から歓声が上がる。
孫権は周泰を見た。自分にぴったり付き添って血路を開いた護衛は、刀を右手に持ったまま、やや離れたところに背を向けて立っていた。
「周泰」
孫権は声をかけつつ近づいた。周泰は答えなかった。上体がぐらりと揺れる。あっと孫権が思った瞬間、周泰はくずおれるように地面に伏した。

   

「周泰!」
孫権は駆け寄り周泰を抱き起こした。周泰は意識を失っていた。地べたに崩れる周泰を孫権は懸命に支えようとしたが、周泰の体から流れる血で滑ってうまく支えられなかった。
集まってきた兵達が、朱に染まった周泰の姿に息を呑む。
「医者を!」
「早馬を!」
我に返った者達が叫ぶ中、孫権は周泰の体を抱いて呆然としていた。

   

(5)

「報告を受けた兄上が、すぐに医者を手配してくれた。それが華佗だ。周泰は危ないところだったが、華佗の治療のおかげで一命を取り留めた。私がこうして生きているのも、周泰が私を護ってくれたからなのだ」
孫権の瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。
朱然は愕然とした。 周泰の胆力のすさまじさは、戦の経験が無い朱然でも容易に想像できた。押し寄せる数千の敵を前に、全身がずたずたになっても怯まず主を護り抜く。いくら覚悟があっても、それをとっさに実行に移す勇気は、誰もが持ち合わせているわけでは無い。

   

朱然は前回の見舞いを報告した際の、義父の言葉を思い出した。
「孫権殿は、負傷されていたか」
その時は何も思わず、「いえ、目立つけがはありませんでした」と見たままを答えた。だが今、義父のその問いにはある意味が含まれていたことに朱然は気づいた。孫権がほとんど無傷である、それこそが、周泰が命がけで孫権を護り抜いた証だった。

   

……そういうことか。
朱然はようやく思い至った。孫権は周泰の、命まで捧げるその忠義に、どう報いればよいかわからないのだ。そしてわからない自分を責めている。

   

己を責めるべきことでは無いと朱然は思った。自分と同様に若く、経験も浅い孫権が、周泰の献身にどう応えればよいのかわからないのは当然だ。だが、配下である自分がそれを言っても、孫権への慰めにはならない。
朱然は必死に考えた。今、自分は何をすべきか。孫権の心が少しでも軽くなる方法はないのか。
……あるとすれば。
朱然は一つの答えしか思いつかなかった。

   

「孫権殿、ここはもう、周泰殿に会うべきですよ」
朱然は言った。だが孫権は首を振り、
「いや、だめだ。兄上の許しが出ていない」と言う。
「それは周泰殿が治るまでって話でしょ? 華佗殿がだいぶ治ってるって言ったんなら、大丈夫ですよ。ちょうど桃も持っているし、見舞いに持ってきたとか何とか言って、会っちゃいましょうよ」
「そんな、見え見えではないか」
「見え見えだっていいじゃないですか。ここでいろいろ思い悩むより、いっぺん顔を見て話した方が絶対いいですよ。ほら、行きましょう」
そう言うと、朱然は孫権の腕を引く。
「い、いや待て朱然、私は……」

   

押し問答をしていると、不意に幕舎の幕が開いた。
「聞こえてるぜ、権」
と孫策が姿を現す。
「あっ、兄上。いらしてたのですか」
「おう、華佗から周泰が話せるようになったって聞いて、会いに来た。華佗はもう帰ったぜ。で、俺は今まで周泰と話をしてたんだ。なあ、周泰」
孫策が振り返ると、
「……はい……」
返事とともに、周泰がのそりと姿を現す。
「周泰! もう起きてもいいのか?」
「……はい……」

   

「はいじゃねえだろ、まだ塞がってない傷もあるらしいじゃねえか」
渋い顔で孫策は言った。「けど、気がついたときから権に会わせろって華佗に言い続けてたらしいし、今だって外で声がしたからって起き出しちまうしよ。しょうがないから少しだけ話をしてもいいって言ったんだよ」
「周泰……」
「そういうわけだ。周泰に無理させんじゃないぞ、権」
「は、はい兄上」
孫権は勢いよくうなずいた。一、二歩進みかけて慌てたように振り返り、
「朱然、すまない」と言う。
「全然。また来ますね、孫権殿」
「ああ、ぜひ。周泰、何をしている。早く寝ないか」
孫権は急いで周泰を幕舎に押し戻すと、続いて自分も入っていった。

   

「やれやれ、権にお灸を据えるつもりだったんだがな。まったく、権を甘やかしすぎなんだよ、周泰は」
あきれ顔で孫策は言う。
「あの人が周泰殿ですか。孫権殿から話を聞いて、もっと豪快な人を想像してたんですが、ずいぶん静かな人なんですね」
「静かっていうか、ほとんどしゃべらねえんだよな、周泰は」
「孫策殿は、周泰殿と何を話していたんですか?」
「 ん?  おまえが嫌なら権の配下から外すけど、どうするって聞いたんだ」
「周泰殿、なんて答えたんですか」
「権のもとがいいってよ。即答だったぜ」
孫策は笑った。「権は妙に配下に懐かれるんだよな。周泰はもともと俺の配下だったのを権につけたこともあって、本心じゃどう思ってるかわかんなかったんだが、ああして命がけで権を護ってくれて、これからも護りたいって言ってくれた。ありがたい話だぜ」

    

「俺、孫権殿がみんなに慕われるの、なんとなくわかるような気がします」
考えながら朱然は言った。「孫権殿と接していると、この人の役に立ちたいって思えてくるんですよ。何を隠そう俺もそうです。俺はまだ学友止まりですけど、孫権殿の役に立ちたいっていう気持ちは誰よりもあると思っています。もちろん、孫策殿のためにもです」
「うん、そうか。そうだな」
「それで、義父は反対するんですけど、俺も軍に加えてもらえませんか? 俺も早く戦場でお役に立ちたいんです」
朱然は思いきって言ってみた。だが孫策は首を振り、
「そいつはだめだ」と答える。
「俺がまだ若いからですか。でも、孫権殿はもう戦場に出ているし……」
「年齢の問題じゃねえ。俺は朱治の目を信用してる。その朱治がいいって言わねえんなら、お前はまだ戦場に出すには足りてねえってことだ」
きっぱりと言われ、朱然は肩を落とした。

   

「わかりました……もっと努力します」
「けど、お前の気持ちは嬉しいぜ」
孫策はニコリとした。「ありがとうな、朱然。これからも権の友達として、あいつと一緒に歩んでくれ」
「孫策殿……」
朱然は驚き、喜んだ。自分は孫策に、孫権の友人として認められている。朱然は大いに励まされた。 そして、これからも友としてまた配下として、孫権を支え、寄り添い歩いて行こうと決意を新たにした。
「はい、俺に任せてください」
勢いよく答える朱然に、孫策は満足そうにうなずいた。

   

「じゃ、帰るか。お前も帰るんだろ、朱然。一緒に帰ろうぜ」
並んで歩き出しながら、
「そういえば権のやつ、桃を持っていたな。あれはどうしたんだ?」
と孫策は問う。
「町の人からの差し入れみたいです」
「へえ、そうか。あれ、全部周泰にやっちまうつもりかな」
「どうでしょうか。孫策殿にも俺にもくれなかったし、そのつもりかもしれませんね」
「ははっ、周泰のやつ、今度は食い過ぎで腹壊さないようにしねえとな」
笑いながら、二人は宣城を後にした。
                               (おわり)